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Cool-B 2012年9月号 『宇賀神氏のトーストとエッグサラダの朝』


清々しい朝だ。八月の空は晴れ、雲ひとつない。
少し暑いが、室内にもタイマーで冷房が効いているせいで、肌の不快感もない……
私を包む洗いたての清潔な白いシーツ。しかし、私の心は曇っていた。

「朝の7時……もうこんな時間ですか……」

独り、うわごとのようにつぶやいて、私はベッドの隣に視線を投げた。
男が隣で寝息をたてている。彼の名はJJ……私の護衛兼、助手を務める男だ。
綺麗な顔をしているが、どことなく獣のような面影がある。

「起きなさい、JJ。7時ですよ」
「ん、わかってるよ……」

寝返りを打つついでに、私を抱き寄せて、頬にキスを落とす。

「バカ……寝ぼけてるんですか、この……」
「何だ、それは。」
「私は怒っているんですよ? 貴方は、本当に私の言っていることをわかっているんでしょうね?」
「ああ、勿論だ……う……ん」
「…………呆れた」
「…………」

私が面喰らっていると、JJはまた寝息をたてて、眠りに落ちてしまった
そう、私とJJはケンカ中だった。昨日、JJは事もあろうか、外出時、私のかけた電話に出なかったのだ。
彼は護衛で、私の命を護っているはず……それなら、私の着信を無視することは、決してあってはならないことなのだ。
もし、それが私の命の危険を知らせるものだったら……昨日が、私の命日になっているかもしれないのだ。

『ああ、宇賀神! 俺があの時、お前の電話をとっていたら、こんなことには……!』

私は腹いせに、御影石の前で四つん這いになって絶望に打ちひしがれているJJの姿を思い浮べてみた。
しかしダメだ。そんなことで、私の気は晴れそうにない。限に今、JJはぐっすりと安眠している。

「宇賀神……どうしたんだ?」
「……別に。」

私の殺気を感じてか、JJはやっと起きてきた。
獣のような昨晩の色気は幾分かなりを潜めていたが、それでも、まだ

「何だ。まだ機嫌が悪いのか。」
「だって……まだ、アナタからは昨日のこと、謝ってないじゃないですか。それなのに、力づくであんなこと……」

そこまで言って、私は言葉をつまらせた。今さらああいう行為を恥じらうのはおかしいのかもしれない。
しかし昨晩JJは、ケンカ中で機嫌を損ねている私を押さえつけ、無理やり抱いてきたのだ。
同棲しておいてこんなことを言うのも何だが、あれでは無理に犯されたも同然だった。
それを、謝りもせずに翌朝もすっとぼけるなんて、私の理解の範疇を超えていた。

「あんなことって……俺がお前に何をした?」
「あきれましたね……昨晩のことを忘れたんですか? あんなに……」
「ああ……忘れるわけないだろ? 良かったよ」
「なっ……」
「そういうことを言ってるんじゃありません。貴方には、私の気持ちがわからないんですか?
私は怒ってるんです!ちょっと強引に抱いたら万事解決だなんて思わないことです」
「……あんなに感じてたのに?」
「それはそれ、これはこれです!!」
「なるほど、わかった。心と身体は別だって言うんだな。つまり俺とお前は、割り切った関係だと」

すっとぼけた顔で、そんなことまで言ってきたJJに、私はキッと向き直った。

「そんな事は言ってません! いい加減観念して、昨日のことを謝りなさい!」

私はからかわられているのだろう。……もう半分ヤケだった。このまま、なあなあにするのだけは無理だ。

「俺が何を謝る必要がある。」
「昨日の、電話のことですよ! 謝ってもらうまでは、私は絶対に、貴方を許しませんからね!
いくら欲求不満だからといって、抱けばこちらが折れるなんて、思わないでください!」
「宇賀神……欲求不満はどっちの話だ」
「JJ。貴方、人の話を聞いてないでしょう!?」

今のは、いい方が悪かった。これでは、まるで私のほうが欲求不満の怒りっぽい男のようではないか。
ああ、それにしても腰が重い……内側はまだじんじんと痺れているし……
ベッドの白いシーツに残った、昨日の情事の痕跡が恥ずかしい。

「昨晩は悪かったな……シミが残りそうだ。しかしお前、いくら潔癖でも白のシーツはやめたらどうだ。」
「余計なお世話ですッ! そこより先に、謝ることがありますよね!? ああもう、7時半じゃないですか!」

気づけば、起きてから30分が過ぎていた。今日は日曜だが、これから仕事があるのだ。
すぐに着替えて朝食を。それから仕事の用意を……そう思っていたら、JJはもう顔を洗い終わっていた!

「ああ、悪い。お前より先に顔を洗って」

JJは、それでも悪いと思ったのか、私のほうをチラリと見た。

「……そんなことでいちいち、怒りませんよ! そうじゃなくて」

私はふと、虚を突かれた。

「……昨日は、悪かったよ」
「え……?」
「電話のこと……正直、よくわからないんだが……」

新聞を降ろし、JJはこちらに差し出す。

「何かあれば、お前を失うところだった。悪かったよ。」
「え、いえ……」

まるで虚を突かれたように、私は面喰らった。
JJの目は綺麗で……それでいて、いつも私に甘かった。

「いえ……別に、わかってくれればいいんですよ……私も少し、言い過ぎたかもしれません」
「そうか」

JJは優しく笑った。それだけで、全て許してしまえると思った。幸福だった……
私にもわかっている。
犯罪者である貴方と私が共に生き延びて、こうしてまだやるべき仕事があるというだけで、充分に幸福なのだ。
こうして、貴方に甘えられることにも。このコーヒーの香りも、ホットサンドメーカーから漂う香りも……
全て、奇蹟のようなことなのだ。そう、今となりに貴方が居てくれて、私の肩を抱きよせるのも……

「……って、何調子に乗っているんですかアナタ! 私はまだ全部許したわけじゃないんですからね!」
「……難しいな、お前は。」

(しかしせっかくの休日だというのに、何故今日は仕事なのでしょうね……)

私はため息をついた。
今日は、10時から打ち合わせが一件だけ入っていたのだ。
仕事の身支度に資料を用意し、スーツに身を包んだら、出かけれなければならない。
身支度をしている間に、JJは食事の支度を済ませていた。
慣れた手つきでスプーンをセットするJJの仕草に見入りながら、私はシャツに袖を通す。

「さ、早く朝食を。私は、新聞をとってきます……」

私が玄関に向かった、その時。

「宇賀神……お前……大丈夫か? まだ、そっちが……」

気がつくと、私のズボンの前が張っている。

「え……だ、大丈夫です! そんなこと気にしないで、早く朝食をとりなさい。」
「ああ。けど、お前、打ち合わせにそんな状態で言ったら、恥ずかしい思いをするぞ。」
「だ、大丈夫ですって! こんなの、先方のお宅に着く前には元に戻ってます。」
「けど、そうじゃなかったらどうする?」
「…………」

私は、思わず絶句した。
ありえない。だけどありえなくもない……そう思って硬直した時。

「ほら、貸せ」
「なっ……!!」

席を立ったJJの手が後ろから伸びてきて、私のスーツのジッパーを降ろす。

「悪いな、俺はいつも、お前の気持ちに鈍感だから」
「…………」

思わず絶句する。
確かにJJは私の気持ちを汲んでくれない時もある。いやしかし、気づいて欲しいのはそんな所ではない。

「そうか……昨日はお前、まだ強情張っていたからな」
「別に、そういうんじゃ……少し時間がたてばおさまります」
「本当に? でも、仕事先にこの状態を見せられないだろ?」
「最低……今日は仕事だってあるのに……!」
「お前な……それを俺に言わなかっただろう?」
「……言いましたよ! でも、貴方があれから、……あ……あっ……」

JJが私のジッパーを降ろし、中から熱くなったものを取り出そうとする。

「ほら、もうこんなにして……待てよ、すぐに抜いて楽にしてやる」
「っ……だ、め……」

私は逃げるように腰をひねるが、JJの手は下着の中で暴れる私の芯を捕らえ、つかみ出した。
そこだけ外気とJJの指に当たって、妙な気持ちになる。

「やめ……服が汚れる、から……」

局部を掴まれて、既に下半身に力が入らない。

「じゃ……これでいいだろ……?」

JJは自分のポケットから、綿と絹の混紡の、黒いハンカチを取り出し、そこに被せた。

「それに、時間だって……」
「だから、このままイっちまえよ。食事と新聞読む時間を削れ」

獣のような卑怯な声で、耳元でささやかれる。
それだけで、ハンカチに包まれたモノはさらに立ち上がり、乱暴に暴れ回った。

「はっ…………そんな、の……」

携帯電話が鳴った。こんなことが、前にもあった気がする。できれば無視したいが……

「出ろよ。こうしててやるから」

あくまで服を汚さないため、ということなのかもしれないが……
微妙な状態で電話に出て正常に話せるかどうが、少し自信がない……
しかし、私は内ポケットから携帯を取り出し、やっとのことで、電話に出た。

「はい……宇賀神」
「すまない。今日の打ち合わせ、急用が入ってね……キャンセルできるかい」
「え? あ、はい……あ、あっ……」
「? どうかしたのかね?」
「い、いえ……私も急用を思い出したもので」
「そうか。それならちょうど良かった。また電話するよ」
「はい……」

それだけ言うのが精一杯で、私はため息とともに電話を切った。

「……よく堪えたな……」
「もう、あんなタイミングで余計なことを……」
「握っていた手を緩めただけだ。けど、今日の予定はキャンセルだろう? このまま、ベッドに戻るか?」
「いえ……このまま続けて……」
「仕方ないな」

JJの手が、ハンカチごしに私を握ったまま、ゆっくりと上下していく。

「ああっ……はっ……んん」

後ろから、硬くなったものを押しつけながら、耳元で囁く。

「壁に手をつけ……」

ハンカチの下から、グチグチと怪しい水音が聞こえはじめる。
玄関の姿見の鏡に、ねだるように尻を突す、私のあさましい姿が映っている。

「ああ、JJ……」
「………………」

やがてベルトを外す音がして、私の下半身が剥き出しになる。
そして、ジッパーを降ろす音が聞こえた。立ったままのJJは無言で熱いものを、私にあてがう。

「……声を出すなよ」
「ひあ……ッ……!!」

悲鳴にならない悲鳴をあげる。私の中に、JJが押し入ってくる。
昨晩、あれだけ貪った後だというのに、満ち足りることを知らないかのように、私を奥まで突き上げてくる。

「は……ッ……」

それでも、欲しいものを与えられた身体は、飢えたように貪欲にくわえ込んでいく。

「どうして欲しい? ゆっくり乱れたいか? それとも……」
「んっ……早く……私を楽にしなさい……」

そう言って、後ろで咥えたまま強がるのが、今の私にできる精一杯だった。

「……そう言うと思った」
「……あっ……ああっ、はあっ……!!」

JJに後ろから押し入られ、前をハンカチ越しに掴まれて、私は壁に押しつけられる。
そして、そのままJJから注ぎ込まれると、私自身も黒いハンカチに吐き出し、そのまま果ててしまった。

「もう……信じられない……」

シャワーで洗い流した後、私は少し冷めてしまった朝食に手を伸ばした。
ふて腐れながら、携帯の履歴を見ていた。そして、あってはならないことに、気づいてしまった……

「あ……」

私が電話したのは、JR阿佐ヶ谷駅……住所録の並びでは、JJの隣だ。

「どうかしたのか。宇賀神?」
「いえ実は私、昨日、電話をかける相手を間違えて居たようで……すみません」
「……そうか。」
「怒らないんですか?」
「別に。もともと、俺のほうの履歴には何も残っていなかったからな。
おかしいとは思ったが……お前の気が済むまで言わせておこうかと思って」
「………………」

私は絶句した。つまり、全ては自分の思い違いから、私はJJに当たっていたのだ。
それなのに、JJは全く怒った様子もない。

「怒って……ないんですか?」
「ああ。お前が面倒なのは、わかっていたことだ。
それより、予定が空いたなら、今日は少し出かけないか?
いや、ベッドでさっきの続きがいいというなら、俺は全く構わないが」
「………………」

私は再び旅絶句した。
あっさりと私を許しただけでなく、さらにこの上、私を抱けるというのか。
しかし、そんなことをされては、私のほうが壊れてしまいそうだ。私は逃げるように車のキーをとった。

「出かけましょう。JJ、あなたの運転で」
「ああ。了解だ」

JJも微笑して了承し、車のキーとベレッタをジャケットに収めた。
私も苦笑して、携帯電話をポケットに入れる。
今日は少し、遠くまで出かけよう。細かい予定はたてないまま、気ままに車をとばそう。小さなことは、気にしなくてもいいように……


Fin