B's-LOG様(10年11月20日 発売号)「依存と威圧」

「……もう一度訊きます、JJ。貴方、どういうつもりですか」

氷のように冷たく、抑揚すら感じさせない声が、耳朶を打つ。

「どうも何もない。あの程度、殺す価値も無い。 捨て置いても、お前達の障害にはならない」
「貴方に判断を委ねた覚えはありません。
こんな海辺まで私を出張らせて……随分偉くなりましたね、JJ」

怜悧な目は、さながら刃の照り返しのような鋭さを帯びている。

「どうしました? 反論があるのなら、どうぞ。JJ……」
「――ッ」

首を掴み、その周りを蛇のように蠢く手の感覚に、ゾクリとさせられる。
嫌悪というよりは、戦慄の意味合いの方が強かった。

宇賀神剣。
『氷の処刑台』の名を持ち、
この一帯で第二位の勢力を誇る、ドラゴンヘッドのナンバー2……
宇賀神の手にあるスタームルガーMkTの銃口が、俺自身に突きつけられていた。

「今、ここで貴方を始末することは容易い……分かりますね?」

顎を掴む掌に力が込められる。小さな痛みの向こうで、宇賀神の温度を感じた。
二つ名とは違う、その瞳とも違う、確かな熱を。

「よくもまあ、あれだけのことをされてそんな目ができるものです……
長生きをしたくないのですか、貴方は」
「……俺は殺し屋だ。そんな人並みの夢、とうの昔に見るのをやめた」
「では、ここで朽ちますか?
かつて伝説の殺し屋と畏れられてきた男が、こんな場所で命を散らせても未練はないと?」

強く押し付けられた銃に、触れている肌の熱を奪われる。
僅かに近寄ってきた宇賀神の吐息が、俺の耳朶を熱くする。

「ドラゴンヘッドを……首領を裏切ることは許しません」
「……会ったこともない『首領』とやらに、どれほどの忠誠が誓える?」

本心を口にする。人は人形じゃない。
義務に道理が伴わなければ、理不尽に感じてしまう不完全な存在。

「……は」

息をつく宇賀神。
その所作で、俺は、自らが何かを諦められたのだと朧に理解した。

「貴方には失望しました。なら、望み通り……」
「だが、お前が言うなら」
「……何ですって?」

独り言のように割り込ませた言葉の意味を問われる。
決まりが悪かったあまり単純に声が届かなかったのか、 発言自体が理解できなかったのかは、知らない。

「……見たこともない相手に忠を尽くすのは難しいが、
目の前にいるお前になら、理不尽な命令以外は従ってやると言った」
「……っ」

不愉快そうに歪む、宇賀神の貌。
細められた瞳は、射抜くように強く、俺を見ている。

「……」
「……」

氷のような、永遠を思わせる沈黙――
薄いレンズの奥に覗くその瞳は、いつもと変わらない。
しかし、その熱を持たない瞳は綺麗だと、場違いにも思っていた。

「……ふん」

だがやがて、静寂は破られる。
それは、うっかりと薄氷を踏んでしまうよりは容易い、忘我からの脱却だった。

「もう結構です。明日に備えなさい」
「……分かった」

銃をしまおうとする、宇賀神の手を――

「……何です?」
「ここに来るまで、潮風がキツかったんじゃないのか? 銃を握る手が赤い」

銃を持つ宇賀神の手を、少しだけ強引に掴む。
この男は潔癖症で、以前は握手すら拒む奴だった。
常備している筈の手袋もしていないことを考えると、 怒りでどれだけの余裕をなくしていたかが分かる。

「どうなんだ?」
「っ、離しなさい――貴方には関係ないことです!」

振り払われるほんの一瞬。凍てついた瞳に、色が差したように思えた。
背を向け、去っていくその後姿を、暫く見つめていた。
あの色が何なのか、分かる筈もなく――
氷の仮面は、未だ表情を崩さないまま。

例えそれが、互いの破滅に繋がろうとも……
あの冷徹な仮面が溶け、内に潜む熱を取り戻す時が、果たして来るのだろうか。



〜Fin〜


 
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