B's-LOG様(10年9月20日 発売号)「車中の問答」


屋敷を出ると正面に車が停まっていた。
が、運転席に座る男を見、思わず顔をしかめる。

「銃を渡せ……。そして、乗れ」

反論は詮無いことと理解した俺は、銃を渡し黙ってシートに腰を沈めた。



車窓から覗く荒んだ夜景が、後方に流れていく。
車内は互いに相変わらずの無言。
自分が口数の少ない方だということは知っていたが、
この男と並ぶと、自分の寡黙さが霞んで見える。

霧生礼司。キングシーザー幹部の一人で、ボスからも重用されている男。
幹部だからと驕ることなく、むしろ目の前の仕事を淡々とこなすストイックな精神性は、
さながら富を得てなお飢えを忘れない、減量時のボクサーを髣髴とさせた。

『今夜豊洲で取引がある。
顔役を一人出せということだが、話がどうもキナ臭い。だからその護衛を任せる』

ボスからの、俺への命令だった。

「その顔役が運転する車に同乗とはな……光栄なことだ」
「……何か言ったか、殺し屋」

一瞥もくれず、隣でステアリングを操りながら呟く霧生。

「別に」

同じく事務的な応答を返す。
車内は、再び車の走行音のみに包まれた。



「――っ、と」

急ブレーキに、睡魔が訪れかけていた頭がシェイクされる。

「おい、安全運転を……」

言いかけ、はっとする。懐に差し込まれた霧生の手が取り出した、その存在に。

「ここでお前を殺すのは造作もない」

停止した車の中、回転式拳銃の銃口が側頭部に当てられる。

「……」
「お前を殺し一人でファミリーの許に帰ったところで、いくらでも言い訳は立つ。
――お前はそのことを考えなかったのか」
「さあ……だがそれがボスの指示でないことくらいは分かる」

あくまで正面を見据えたまま答える。
銃を預けてしまった以上、抵抗しようがないのは明瞭だ。

「……いくつか、質問をしてやろう」

冷ややかな声が耳朶を打つ。

「何故、ファミリーに入ろうと思った」
「……成り行きで」
「成程、後ろ盾が欲しくなったか。或いは金か。
一匹狼を気取り殺しをするだけでは物足りないと?」
「何とでも」

「お前のボスは誰だ」
「俺自身……と言いたいが、今は瑠夏・ベリーニだ」
「言葉だけなら何とでも言える」
「行動で示せと言うのなら、初めからこの問答に意味はない」

対向車の一台もない中、繰り返される問答。
霧生からしてみれば俺が返答を過つのを待つのみで、
俺からすれば機械的な返答を強いられるだけの時間に、おそらく意味はない。
俺達は、今この場では互いを理解し合えない。
故にこの時間に意義はなく、俺達は、ボスから与えられた役割を演じきるしかない。
筋を通し、ファミリーのための行いを積み重ねて初めて、
同じ目的の下に活動する『家族』と認められるのだから。

「最後に問う。お前は、俺達をいつか裏切るな?」
「……俺は薄汚い殺し屋だが、今まで好き好んで不義理をよしとしたことはないつもりだ」

最後までフロントガラスを見つめたまま、言葉を紡ぐ。
鷹のように鋭い羽撃たきを伴った烏が、車のすぐ正面を横切った。

「……ふざけた奴だ。ここでお前を殺せないのが残念でならない」

独り言ち、霧生は銃を――スタームルガー・モデル『レッドホーク』を下ろし、再びアクセルを踏み込んだ。



車を降りると、意外にも素直に霧生は銃を返した。

「引き金を引く時は銃口の向きに気をつけろ。俺はいつでもお前を見ているぞ」

その言葉に何を返そうかと思っていると、霧生は一人で現場に向け歩き始めた。
その姿を、見るでもなく見つめる。
霧生礼司。キングシーザーの忠犬――だがあれは、間もなくその在り方を変えることだろう。
ファミリーに仇なす全てに牙を剥く霧生の本質とは、間違っても忠犬などではなく……

「……狂犬め」

その背中を見つめながら、俺もまた黙って後に続いた。

〜Fin〜





 
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