B's-LOG様(10年8月20日 発売号)「飴と無視」

「えー。もちっとまけてやーおっちゃん」

背後から聞こえる、胡散臭い関西弁。

「あ? 急に日本語分からんフリか? ……ええわ、その一番でかいのくれ」

声を聞く限り、食い歩きに精を出しているらしい。相変わらず妙な男だ。

「ほらJJ、これ見い。飴ちゃんの王様や!」

串に連なった団子状の菓子を、嬉々として見せつけてくる。
悪夢のような大きさと長さだった。

「……何だそれは」
「銘菓『サンザシ飴』や。煮溶かした砂糖絡めた北京の屋台菓子でな。美味いで」

早くも口周りを汚し満面の笑みで飴を頬張る男は、名を橘陽司といった。
俺と同じ殺し屋で、故あって今は行動を共にしている。

また先刻から俺の前をずいずい歩いているのは、遠野梓。
五年前から俺に親を殺されたと思い込み、 虎視眈々と俺への復讐の機会を狙う自称暗殺者だ。

そしてここは、お台場に近くのいわゆる闇市。
少し前は、観光やビジネスの拠点だったが、
今はフリーマーケットよろしく様々な盗品や持ち込み品が並び、
秩序を失いつつある街の象徴となっている。
俺達は仕事で消耗した弾や当面の食糧を確保すべく、そんな闇市に足を伸ばしたのだった。

「JJも食うか? ……よし、お前は上から来い。俺は下から食う」
「……結構だ。それよりあまり目立つ行動をとるな」
「ええやん、折角の買い物やし――あ、あれたこ焼き屋と違う?
焼いてるタイ人のおっさん、本場の味分かってるんか? 俺が一つ味見を……」
「待て」

襟首を掴むと、橘は「ぐえ」と冗談みたいな声を上げた。
飴にコーティングされたサンザシの実が一つ、串から抜けて地面に落ちた。

「梓。あまり先に行くな」
「……」

返事はおろか振り返りもせず、しかし言葉は届いたようで、梓はその場で足を止める。
何かに腹を立てているのは容易に見て取れたが、
梓の不機嫌や癇癪は今に始まったことではない。

「何や、つまらん奴っちゃな……梓もたこ焼き食いたいやろ?」
「……」
「おごるで?」
「……」

頑として応じない。清々しいまでの無視だった。

「JJもつれないこと言うなやー。せっかくの買い物デートやのに」
「ただの補給だ。勝手に目的を装飾するな。
それに俺は匂いのつく物は食べない。 殺し屋のくせに、迂闊だぞ」
「けど、美味い物食わな生きてる甲斐ないやん。
……ま、この辺の大阪の食い物なんてタカが知れてるけどな。 この間のお好み焼き屋もそうやった」

だったら最初から興味など示すな。

「未練残したままいきなり『ズドン』はたまらんやろ?
楽しむ時は楽しまな、後悔するで? ……ほら、ええから食えって!」
「いらんと言って――チ、ベタベタ触るな」

それは比喩ではなく、溶けかけた上食いかけの飴を持った手で触れるなという、
言葉通りの意味だった。

「いい加減にしろ!」

ベタつく飴と橘自身を拒絶していると、今まで無言を貫いていた荷物持ちの梓が、
突然振り返り声を荒げる。

「長居は無用じゃなかったのかよ、JJ!」

……荷物持ちがそんなに気に障ったのだろうか。
いずれにせよ。

「……騒ぐな。目立つ。」
「な――さっきから騒いでるのはそこのグラサンだろ!」
「グラサンて……分かった、腹空かしてるんやな? ほらほら梓、飴ちゃんやでー」
「いらねえよ!」

怒鳴った後、再びそっぽを向いて歩き始める梓。
普段は俺の後ろを歩くが、今日は逆だ。

俺も見失わないよう続く。闇市は危険も多い。
何にしても、普段の買い物とはまるで趣の違うものになってしまった。
梓の言った通り、らしくない。

もう一度振り返ると、橘が、今度はイカ焼きの店の前で立ち止まっている。 懲りない奴だった。
いっそ置いていこうかと思ったものの、不思議と俺の足はイカ焼きの屋台に向かっていた。


〜Fin〜

 

 
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