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Cool-B 2014年1月号 『かくも長き死神の不在』

 

 

一時の勢いこそ失ったものの、 龍宮の混沌は今も湾岸に残っていた。

 

次に龍宮を統べるという“タイクーン”を巡る噂。
ポスト・ドラゴンヘッドと言われる、新たな勢力の台頭。
水面下で龍宮を嗅ぎ回る警察。

 

そして、かくも長き死神の不在……
それが、龍宮を巡る抗争と思惑に翻弄されてきた二人の男にとって、最も気がかりなことだった。

 

元ドラゴンヘッド幹部、宇賀神 剣。
彼は思う。これまで積み上げてきた己の罪深い過去を。

今は一人の弁護士として、龍宮が遺した負の遺産を葬り、困窮する市民に手を差し伸べる。そう、ただ過日の罪を清算する毎日だ。
目の前の仕事は山積み。休む暇はおろか、ロクに眠る時間もない。昨日も最後の電話を終えた後、1時間ほど事務用の椅子で、死んだように眠っただけだ。
だが、この多忙な毎日こそが、迷える彼を心の闇から引き離し、辛うじてこの世に生かしている。
(そう、私はまだ、世間に生かされている……貴方という刃と共に……)

 

キングシーザー幹部、霧生礼司。
彼は思う。これまで、幾度となく命の危機を掻い潜ってきた日々を。
警官時代から、融通がきかない男だと周囲に煙たがられてきた。そんな自分が、今ではマフィアの若手幹部の筆頭だというのだから、全く人生、何が起こるか分からない。
一度はファミリーと共に龍宮の混乱を収め、己の足場もより固まってきた。東京湾岸を不法入国者共に乗っ取られるという最悪の事態から救った誇りもある。たとえそのために、海外マフィアの幹部として、非合法な力に頼ったとしてもだ。
この世には、綺麗事では済まないこともある。混沌を制するのは、より大きな力だ。前線で己の命を張ってきた彼ほど、その事実をよく知る者はいないだろう。
それ故に、追い詰められた龍宮の混沌、ドラゴンの残党共が自分らの首を絞めることを怖れてもいた。
(必ず……お前を取り戻してやる……その代償に、誰が悲鳴をあげようとも……)
そして二人は、湾岸を巡る因縁から未だ逃れられずにいた。似た宿命を宿す瞳に、噛みつかずにはいられない。

 

「まだ、生きていたとはな……何を画策している……貴様」
「貴方こそ、後ろ盾に頼って息巻いていると……痛い目を見ますよ」

 

二人は、予感していた。
近い未来に、互いが互いの障壁になる日が来るだろう。
だが、それは今ではない。
死神が戻るまで、龍宮に眠る、混沌の獣を起こしてはならぬのだから……。

 

「貴様のような悪しき芽が残る限り、俺たちは潰す……何度でもな」
「ですが所詮、ボスの許可なくしては何もできない……それが、貴方の限界です」
「悪いが、裏切り者の言葉に貸す耳はない」

 

牽制しあう二人、その間には死の境界がある。
その境界を越え、互いを理解することはないだろう。
その存在を許し合うことも。
おそらく、永遠に。

同じ方向へと歩いていても、同じ希望を求めたとしても、その道は、一つにはならない。
だがそれでも彼等は信じ、待っている……。

 

「あの男はきっと、ここに戻る……」

 

この混沌を統べる者……“タイクーン”が何者か、まだ誰も知らない。
だがそれは自分ではないと、二人は思う
時代を動かすほどの強い力……それは限られた者だけが持つ資質だ。自分はあくまで、「彼」を支える存在。そのことに不満など抱くべくもない。むしろそれが望み、それこそが本望だ。

 

自分はタイクーンの目撃者、時代の証言者であればいい。故にここで、己の小さな旗を掲げ「彼」との再会を、心底願っている。

 

間もなく死神がここに降り立つ。


その時まで、自分は混沌に呑まれてはならない。

今はただ静かに、己の牙を研ぐのみだ。

 

 

Fin