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Cool-B 2013年3月号 『暖光のスレイプニル』


……そう、「浪花のマシンガン」として名を馳せた俺は、この血湧き肉躍る興奮を知っている。
焦るな、落ち着け……言い聞かせたところで、この胸に込み上げる熱いものは抑えられそうにない。
戦場では一瞬の油断が命取り、瞬き一つの間に勝敗が決まることもある。
今、この場で標的から目を逸らすなど、愚の骨頂だ。何故なら…………

「おらァ!! ナニワストロングぅ!! 関西馬の意地を見せェ! ブチかませェ!!」

コースを駆けるあの標的(本命馬)には、俺の命運(有り金全部)がかかっているのだから。

「アカンて、JJ! この競馬場で、そんな冷めた顔してんの、お前くらいやで! もっと声出してナニワストロングを応援せな!」
「安心しろ、橘。この喧騒の中でも、お前の声が一番騒々し――」
「うおおおォォ〜!! きた! きたで、JJ!! ついに俺の時代がァ!」
「……関西馬の注目株・ナニワストロング、前評判通りの一着か。まあ、良かったじゃないか」
「単勝賭けなんか、楽勝や! お次はドドンと三連単勝に行くで、JJ!」
「一人で勝手に賭けろ。それと……ほどほどにしておけよ。無一文になっても俺は知らないからな」

俺が勝利の余韻に浸っている間も、隣に立つ相棒は相変わらずの不満気な表情だ。
この俺、橘陽司がJJと組んで、しばらくが経った。
龍宮では、俺たちのコンビ名「J&T」を耳にして震え上がる連中も少なくはない。
何が気に入らないのか、JJはこのコンビ名を聞く度に、妙に殺気立つが。

以前は一匹狼の殺し屋同士だった俺たち。
意見の食い違いで、拳銃を抜きかけて痴話喧嘩することもたまにある。
しかし、何だかんだ言ってこうしてずっと一緒にいるのは……

(JJは人多い場所、苦手やもんな……それやのにこうやって俺に付き合ってくれてる)

ちょっとひねくれたJJの愛情を、ひしひしと感じているからで……

「よっしゃ、JJ! しっかり見たってな、この俺の雄姿を!!」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「ざ……惨敗とか……ありえへん……」
「自業自得だろう。ほら、しっかり歩け」

しばらく後、俺はJJの肩を借りて歩いていた。言いようのない敗北感を抱えながら。

「……お前が意地になって、上手くいった試しがない。そろそろ覚えたらどうだ?」
「せ、せやけどJJ……最後のレースは俺、イけるて思てん! 確信あってんもん!」
「その言葉を繰り返して、お前は一体何回負けたんだ?」
「……うう…………」
「橘……お前、自分の言葉には責任を持てよ?」
(惨敗した相棒に、優しい言葉の一つもないなんて……何て冷たいヤツや……!)
「この……JJのアホ!」
「ッ!?」

負けた悔しさも相まって、俺はやけっぱちにJJの身体に腕を回した。

「JJは俺の恋女房やろ!? 優しい嫁さんなら、何で傷心な俺を慰めてくれへんねん!」
「誰が嫁だ……! それより離れろ、このバカ!」

抱き寄せたJJが可愛い抵抗を見せることは、想定の範囲内だ。
俺は、JJが体勢を立て直す前に更に距離を詰めた
。後ろへと追い込まれて、倒れていた廃材の上に乗り上げたJJは俺を睨んできたが……

「おい、橘……!」
「俺、ヘコんでんねん……JJ、せめて今は優しくして」

体勢を崩したJJは、バランスを保とうと俺の脚に自分の脚を絡めてきた。
反射的な行動だろうが、まるで俺から離れまいとしているようで……
JJの何気ない行動は、いつも俺に火をつける。俺の行動に拍車をかける。

「俺、調子よすぎやって、わかってる。でもJJ……俺のこと、慰めてくれへん……?」

俺は思わずJJの肩口に顔を埋めて、そう口にしていた。

「お前……人のことをアホ呼ばわりしておいて――」
「アレは軽い挨拶みたいなもんやろ。それよりも……」
「おい、橘……! お前、こんな場所で……」
そのままJJの耳裏に口を寄せると、すぐそばから彼の少し焦った声が聞こえてきた。
「大丈夫やって。ここ、人目につかんし……もうすぐ次のレース始まるから、皆、そっちに夢中やし」
「そういう問題じゃない……って、お前……! どこ、触って……っ……」
「え? どこて……やらしいな、JJ……俺がこうしてぎゅーってしただけで、感じてるん?」
「そんなわけ……っ……ないだ、ろうが……!」

抱きついた時には強張っていたJJ。
腰を引き寄せ、首元にキスを落とすだけでビクリとその身体が震える。
俺の腕の中で身動ぎする身体が、徐々に熱を帯びてくるのを肌で感じる。
相乗効果とでも言うのだろうか、それはまるで伝染したかのように俺の身体をも熱くさせた。

(……アカン。つい甘えて抱きついただけやったのに……止まらん、かも……)

触れ合うたびに感じるJJの匂い。
それは同業者の俺にしか分からない、微かなものだろう。
だけど、その匂いはクスリより何倍もタチが悪く、そして、ずっと魅力的なものだった。
その匂いに包まれるだけで、俺は熱に浮かされたように急いてしまう。

「橘っ……お前、いいかげんに……っ!」

まだ文句を紡ごうとする、男のくせに妙に形の良い唇にキスを落とした。
そのままJJの吐息すら零したくなくて、深く深く口内に舌を伸ばす。
自分でも何をそんなに急いでいるのか分からないけれど……
ほとんど、剥ぐようにしてJJの服を脱がしていく 。
唇を離して、肌蹴た肩口に吸い付いた。少しの間こうすれば、JJの肌は簡単に紅く色づく。
その見慣れた色を見つめながら、俺は思わず呟いた。

「JJが、悪い……」
「……たち、ばな……?」
「JJにカッコええとこ見せたいとか、甘えたいとか……慰めてほしい、とか……」

全身にJJの匂いを、熱を感じているからだろうか。次から次へと言葉が溢れる。
こんな弱音のようなワガママ、後にも先にもJJの前でしか言えない。

「なあ、JJ? 俺、今日はダメダメやったけど……」

怒っているのか呆れているのか、JJは黙ったままだ。その沈黙が怖くて、俺は口を開いた。

「これでもな、俺、JJだけには嫌われたないねん。
労ってもらうんも、慰めてくれるんも……甘えるんも……俺、JJやないと無理……嫌や」
「………………」

愛撫しているはずなのに、気がつくと俺はいつもそのままJJに縋っている。
言いようのない不安に駆られて、貪欲に目の前のJJを貪ってしまう。そこには余裕も何もない。

「お前な……っ……嫌われたく、ない……だと?」

切なげな吐息を漏らし、JJが俺を見上げた。
衣服が乱れ、晒された素肌……その色気のありすぎる姿に、俺が思わず魅入られた時……

「……このっ……バカが!」
「痛ッ!?」

……俺は、JJに噛み付かれた。
チクリ、なんて生易しいものではない。
例えるなら、ガブリといったところだろうか。鎖骨に走った鋭い感触に、思わず鳥肌が立つ。

「じぇ……JJ……?」

恐る恐る見下ろしたJJは、挑みかかるような鋭い目で俺をジッと見つめている。
俺はまるで囚われたように、そこから目を逸らすことができなかった。

「お前は本当にバカだな。それに、変態だ」
「んなッ……酷ッ!! このタイミングで何でそないなこと言うん!?」
「橘、お前は図々しくて、無謀で、本当に手のかかる迷惑なヤツだ。
そのダメさ加減は、今に始まったことじゃない。俺が一番よく知っている」
「そ、そんなこと! …………あるのかも、しれませんけど……」
「そんなヤツの面倒……俺以外に誰が見られるっていうんだ?」
「J、J……」

俺は掴んでいたJJのコートを強く握り締めた。
その言葉が嬉しくて、俺はJJを更に引き寄せた。そして今度はゆっくりと、その唇にキスをする。

「……ん、はっ……」

口が離れるその一瞬に、JJから悩ましげな声が漏れる。
その声を聞きながら、そのまま手を下へと滑らせる。
JJの肌は妙に手に馴染むようで、触っていて心地が良い。JJが少しだけ俺から口を離す。

「まっ……橘、こんな所で……」
「大丈夫やって、誰もこんなとこまで来んから……」
「だからって……んっ!」

もう一度、JJの口をふさぐ。
そのまま手を下にずらせば、高ぶったままのものがあった。
ベルトを外しズボンの隙間から、中に手を入れる。
外気の冷たさとは反対に、JJの身体は温かい。優しく握りこめばJJの身体が大きく震えた。

「なあ、ええやろ?」

ほんの少し、口を離してもう一度だけ尋ねる。
JJは潤んだ瞳でまるで睨み付けるように、俺を見上げていた。
無言の訴えは、煽る材料にしかならなくて。

返事を待たずに俺はJJを追い立てるように、指先に力を入れた。

「……ッ!」

何か言いたげなJJの表情は、たったそれだけでも欲情したそれに変わる。
ほんの少し指を動かすだけで、悩ましげな声で俺を誘う。

「はっ……橘、もう……」
「分かってる。ちょっと、腰浮かせてな」

僅かに浮いた腰を辿って、JJの秘所に触れる。
もう慣れてしまっているのか、俺の指を簡単に飲み込んでいく。
熱いナカは俺の指でさえも、溶かしてしまいそうだ。

「ごめんな、苦しいかもしれんけど……」

狭い路地の中、俺はJJの片足を持ち上げた。
そのまま、濡れた先端を押し当てる。微かに、JJは身体を硬直させた。俺の服を掴んでいる手に力が入る。

「ゆっくり息吐いてな」

JJを抱え上げるようにして、抱き上げる。
身体が密着するのとほぼ同時に、自身が深くJJに埋め込まれていく。
どれだけキスしても、どれだけ抱いても、飽きることなんて絶対にない。

「JJ、このままずっと側に……」
「んっ……あ、ああ……」

頷いてくれたのか、ただの吐息か判別は出来ない。
けど、縋りつくように肩を握り締めてくれるその強さ……
それだけで、俺は満たされるような気がしていた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

乱れた服を整えながら、JJは呆れたような違うような目で、俺をにらんできた。

……いい加減、お前は所構わず襲いかかってくるな」
「JJやって……いきなり噛み付いてきたくせに……いや、俺はそうゆうん大歓迎やけど」
「勘違いするな。ただ殴りつけても効果がないと学んだだけだ」
「なるほど……そんじゃ、俺も覚えとこ。今後の参考に」
「懲りないヤツだな、お前は……! とにかく、今日は散々お前に付き合ったんだ。次は、俺に付き合え」

ちょっと拗ねた口調で言い放ち、JJは財布を指し示した。

「俺が自腹で、今日のお前の盛大な負けっぷりを労ってやってもいい。……特別にな」
「JJ……」

何やら不機嫌そうに目線を逸らして……

「始めからそう言おうと思っていたのに……お前がいきなり襲ってくるから……」
「ありがとぉ、JJ!!」

言葉だけでは収まりきらず、俺はJJに改めて抱きついた。
今まで思うままにやってきた自分だが、最近はJJの言葉に折れることが増えた気もする。
昔なら考えられなかったが、JJも俺にだけは、本音を見せてくれているようで……
今さらになって、嬉しさと安堵が込み上げる。

「まったく……本当に懲りないヤツだな……!」
「俺はいくらでもJJに付き合ったんで!!
あ、でもさっきの、JJもちょっと物足りんのちゃう? 何やったら、行く前にもう一発だけヤって――痛ッ!!」
「調子に乗るな、このバカ」

JJの容赦ない拳が、頭に直撃した。俺がその痛みに呻いていると、声が聞こえた。

「ほら、さっさと行くぞ。橘」

JJがこちらを振り返る……当たり前のように、俺の事を待ってくれるJJ。
それが今の俺には、すごく眩しく見えて……

「…………待ってや、JJ! 俺が悪かったて! もう言わんから……」
「全く…………そんなに体力が有り余ってるなら、せめて飲んだ後にしてくれ」
「え……? あ、うん……そうする。飲んだ後なら、ええんや?」
「…………いちいち聞くな」

JJが決まり悪そうに怒る。そんな表情も愛しくて、俺はつい反省すら忘れそうになる。
でも、忘れてはならない。仕事でくだらないミスをすれば、俺たちはそれで、永遠にお別れだ。

“もし、俺のミスで、JJを失ったら……”

ふと芽生えた小さな不安。それを頭の隅に追いやって、俺は笑顔でJJを追いかけた。


 

Fin